第三章 急速に早まる広告媒体革命、新たなプラットフォームの誕生
vol.11“現状維持を好む=ホメオスタシス”に抗うことが、人としての進化の一歩
「今が幸せ」と立ち止まる人に「ほんとうに幸せな未来」はやって来ない
これまでの経験値から蓄積された固定観念を(せめて)半分捨てよう
空いたスペースに新しい発想を取り込み、「進化のスイッチ」をオンにしよう


前回のコラムでは、スマートフォンの爆発的普及によって広告の接点の主体がメディアからユーザーに移行し、AIによって“効率的”にターゲットが絞り込まれていった結果、ユーザー側は細分化して痩せ細り、メディア側は情報をばら撒くだけの粗悪な広告で溢れかえっている……という、インターネット広告市場の悲惨な現状についてお話しました。

この状況に危機感を抱いている人は少なくないはずですが、かといってドラスティックな改革に踏み出しきれず、ズルズルと既存のプラットフォームに依拠し続けている人が多いのもまた事実です。未知の世界に対する欲求と、既知のものに対する安心感は相反する心理であり、その狭間で葛藤するのがヒトというもの。しかし、その葛藤を打開しない限り新しい時代の波に乗ることはできません。

では、いかにして打開していくのか。まずは固定観念を捨て、価値観をリセットすることです。これまでの成功体験やキャリアを大断捨離することなく、柔軟な発想と思考のための脳内スペースは生まれません。

これまでの経験値から蓄積された固定観念を(せめて)半分捨てよう 空いたスペースに新しい発想を取り込み、「進化のスイッチ」をオンにしよう

時代の変わり目、アンバランスな世の中で人々の希望となるものは?

以前、「風の時代」の話をしました。「大量生産・大量消費」と「経済成長」に邁進してきた「土の時代」が終わりを告げ、2020年の終わりころから、世界は「物質的豊かさよりも目に見えない豊かさ」を大切にする「風の時代」に突入したと言われています。既存の枠組みからの解放、価値観の大転換の時代の始まりです。

物質的豊かさが飽和状態になった今、「モノ」の価値は相対化されていき、「未知の体験」が価値のあるものとして認識され始めています。今を生きる人々は、その狭間(価値観の大転換の渦中)にあって価値観が、あるいは心が大きく揺らいでいると言えるでしょう。

時代の変わり目は、さまざまなことが不安定になりがちです。「VUCA」の時代(Volatility/変動性の高さ、 Uncertainly/不確実さ、 Complexity/複雑さ、 Ambiguity/曖昧さ」という表現がしばしば使われていますが、これら4つのワードが示すように、これまでの方法論や想定が通用しなくなり、先行きの不透明な時代が到来しました。トランジスタシス(変容性)が高まる時代だからなおのこと、人はホメオスタシス(恒常性)を求め、さらに一層、不安定な気持ちを抱え込むことになります。政治も経済も人の心も、しばらくは予測困難でアンバランスな時期が続くと思われます。

これまでの経験値から蓄積された固定観念を(せめて)半分捨てよう 空いたスペースに新しい発想を取り込み、「進化のスイッチ」をオンにしよう

そんな大激変の渦中にあって、何が人々の希望となり、心の癒しとなるのでしょう?

それは、“これまでの常識を放り出していいのだ”という解放感ではないかと私は考えています。誰にも正解は見えていないのですから、どんな変化も許される時代になったということです。モノも価値観も、思い切って全て手放していい。これまでの暗黙の業界ルールなど、全てぶち壊して構わない。そう考えると、なんだか心が軽くなりませんか?

実際に、広告業界においても破壊と創造が起き始めています。新時代のマーケティング手法に、いち早くチャレンジし始めた私たちですが、まだ正解を見出したわけでもなく、わかりやすい成果を得るには至っていません。しかし、その過程で徐々に確信が生まれ始めています。

それが、あえて「モノを売ろう」としない姿勢、「豊かさ」の再定義、つまりこのコラムで散々言い続けてきた「エンパシーマーケティング」にほかなりません。この手法について、少々深掘りします。


エンパシーマーケティングのスタート地点は、Cognitive bias(認知バイアス)との戦い

日本人は世界で最も保守的なDNAを持つ民族だそうです。そう言われると、たしかに随所にそうした傾向が見られると思い当たり、納得してしまいます。この「保守的なDNA」というやつはとても厄介な代物です。変わるべき時期に来ても、なかなかお尻を上げようとしない。そのくせ、革新とか改革などという言葉にやたらと反応してしまい、それによってさらに変化へのハードルを自ら高くして尻込みしてしまう。

しかし、どんなものでも、ある日突然、革新的に生まれ変わるわけではありません。それまで積み上げたものを全て壊して創りなおすのではなく、次の新たな形態へ進化させるという意味で、私はよく「evolution(進化)」という言葉を使います。保守的なDNAをなだめながら、ゆるやかに「移行(transition)」していくのです。とはいえ、決して「のんびりだらだら行こう!」と言っているわけではありません。ある程度の痛みを伴いつつも、尻に鞭打って進まなければいけない時が来ていることは間違いありません。

それでもなお、多くの人は「大きな流れに身をまかせておけば、どこかにいい塩梅で流れ着くだろう」と思い込み、状況に任せたまま自らに鞭を打とうとしません。本当にそれで生き残れると思っていますか? そのままでは、いつの間にか鍋の中が沸騰し始めていることにも気つかず、茹で上がりますよ(まぁ、全てにおいてそうなるとは限りませんが……)!

自ら流れに逆らい、自身のDNAに逆らい、古き良き時代を想いながらも、固定観念や先入観を捨て、進化へと登っていく蜘蛛の糸をたぐり寄せ、「移行」への潮流に乗って初めて、新たな時代の航海へと旅立つことができるでしょう(と、自分にも言い聞かせています)。

これまでの経験値から蓄積された固定観念を(せめて)半分捨てよう 空いたスペースに新しい発想を取り込み、「進化のスイッチ」をオンにしよう

少し煽り気味の言い回しになったのは、老若男女全ての世代の人たちにエンパシーマーケティングの本質を浸透させていくためには、「変化の時代に来ているのは間違いない」が「これまでの成功体験を捨てるのは怖い」、というCognitive bias(認知バイアス)との戦いを切り抜けて、これまでの方法論をキッパリ捨て去り、「新しい価値」に目を向けて受け入れて、新しい時代に移行しようとする「進化のスイッチ」をオンにしてもらうことが最初のハードルだと考えているためです。

そして、そのスイッチの起爆剤となるのは、ステレオタイプの「常識」や「勝ちパターン」などにとらわれず、「新しい価値観」を生まれながらに持ち合わせるZ世代以下の若者たちだと私は確信しています。(いやいや、自分も含め、新しい価値観に目覚めているのは若者に限りませんよ!)


積み上げたキャリアを捨て去り、「風の時代」の新しいリーダーたちを後押ししていく

あえて“若者たち”にフォーカスして話すと、現世の巨大なプラットフォームを創り上げた創業者たちの多くは、20代の前半で起業しています。今や在学中の起業が当たり前の時代で(まだまだ少ないですが)、むしろ、社会常識によってすり減らされる前の若者だからこそ、柔らかな発想で、時代の風をとらえていけるのかもしれません。

しかし、今の日本のほとんどの教育機関や親たちは、残念ながら、彼らの自由な発想を引き出すどころか、枠にはめ、型に押し込んで、自分たちのセオリーに従わせようとするものばかり。これでは世界に通用するアントレプレナーを育てることは難しいと感じています。

そう言う私も今、自分がこれまで培ってきたキャリアを“過去のモノ”として積極的に捨て去り、自ら新時代の若者たちに向き合っていこうと腹を括っています。私が自分のこれまでの方法論の範疇で物事を切り回したところで、高い共感性を持ち、他者と競争してパイを奪い合うことなど望まず、「経済的勝者」となることや「物質的な豊かさ」に価値を見出さない、「風の時代」の新たな消費者たちの心をつかむサービスなど、生み出すことができないとわかっているからです。

これまでも何度となく言って来ましたが、大切なのは「共感型」のアプローチです。他者と競うのではなく、パイを奪い合うのでもなく、一つの地球、一つの空の下でつながっている者同士で共感できる「共創の場」を生み出していく。そこから、自然発生的に新たなマーケットが生まれてくるはずです。

私たちが取り組んでいる「EVOLOVEプロジェクト」は、起業家精神を持つ若者たちの背中を押し、「風の時代」の新しいリーダーを世の中へと送り出していくための「機会や場」づくりにほかなりません。

これまでの経験値から蓄積された固定観念を(せめて)半分捨てよう 空いたスペースに新しい発想を取り込み、「進化のスイッチ」をオンにしよう

目標をあえて数値化しないことで、想定外の化学反応を引き起こす

「EVOLUTION(進化)」と「LOVE(愛)」をテーマとした「EVOLOVE」プロジェクトでは、あらゆる価値が数値化されていく時代に逆行するかのように、それぞれの企画における具体的な成果目標を、あえて設定していません。“共感指数”という、目に見えにくい指標を掲げています。周囲からは“無謀じゃない?”とか“何のためにやっているの?”などという疑心の目を向けられることもありましたが、挫けずに1つ1つの企画を進めてきました。そして、それは良い意味で、さまざまな“想定外”を生み出し、ポジティブな化学反応をいくつも起こしてきました。

人と人との出会いが次の人、次の地域との共創・協働に繋がり、「感性が交差する場」がどんどん膨らんでいきました。地方の行政・自治体や民間企業、各種学校や若者たちに波及し、さまざまな人たちをこの渦に巻き込んでいくことに成功しています。

そして、この「共創の場」に関わった人と人が“共感”し、それぞれの感性が掛け合わされて、創造の火種がどんどん発火しています。

そうして生まれた1つのアウトプットが、11月3~5の3日間にわたって開催された「EVOLOVE presents宗像祭2023」でした。九州最大規模の文化祭を目指したこのチャレンジは、4万人以上の来場者、20万人以上のライブ配信視聴者を達成しましたが、その数字以上に、たくさんの笑顔に出会えたこと、「進化のスイッチ」がオンになった瞬間を目撃できたことが最大の成果だったと確信しています。

これまでの経験値から蓄積された固定観念を(せめて)半分捨てよう 空いたスペースに新しい発想を取り込み、「進化のスイッチ」をオンにしよう

ここから先、発火した火種は、地域を超えて広がっていくでしょう。地方で生まれたムーブメントが、市や県をまたいで、さらにいえば海も超え国境も超えて「空でつながろう」という“共感力のブースト”を生み出しています。この「魔法のコトバ」は、私たちが宗像祭のサブタイトルとして掲げたもの。このイベントの意義、この言葉に込めた想いについては、また次のコラムで詳しくお伝えしたいと思っています。


Profile

木村 健UXDセンター センター長
木村 健

アナログ・デジタル問わず、あらゆる媒体で商業広告デザインやプロダクトデザイン、ブランド戦略を展開してきたクリエイターでありマーケター。1990年台半ばからさまざまな企業やクリエイターたちと協業し、コラボレーティブ・イノベーションに果敢に挑戦してきた。UI/UX/インタラクションデザイン領域を最も得意とし、Webメディアやアプリケーションデザイン分野で業界を跨いだインキュベーション活動を行っている。また、2007年頃からWeb/IT領域での教育の現場で講師兼メンターとして未来のクリエイター育成に貢献。
オープンイノベーション・コンソーシアムであるUXDセンターでは、初代センター長として立ち上げから参画。異業種プロフェッショナル集団の求心力である。

UXD Center

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